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走水神社

走水神社

日本武尊と妃弟橘媛命が祀られています。社伝によれば、尊が東国征伐のおり、村人に与えた冠を石櫃に納め土中に埋め、その上に社を建てたといわれています。
古事記等によると、尊が上総へ船出の時、海が荒れて進めず、妃は尊が任務を 果たせるように願い「さねさし相模の小野に燃ゆる火の火中に立ちて問ひし君はも」 と辞詠を残して荒浪に身を投じたので、海神の怒りは鎮まり無事渡ることができたという説話があります。最近は、女性のパワースポットとして多くの参拝者が訪れています。境内には、妃の歌碑・針の碑・包丁塚・舵の碑等があり、毎年3月第2週の土曜日に「針供養」が催されています。

大津諏訪神社

大津諏訪神社

平安時代初期に信州諏訪から勧請した大津の総鎮守で、祭神は建御名方命です。諸行開発、武勇の神として崇拝され、三浦義明、向井将監が参拝したと伝えられ、戦前は軍部の参拝が多かったといいます。
現在の社殿は大正14年(1925)に改築され、大津村の10社が合祀されています。 社殿脇には、琴平神社・稲荷神社や菅公を偲ぶ一千年祭記念歌碑があります。
平成26年8月には、『プレ千二百年御柱祭』が開催され、諏訪から運ばれた御柱が建てられました。

坂本龍馬の妻 龍子の墓

坂本龍馬の妻 龍子の墓

おりょうは、龍馬の死後、土佐、京都、東京と流転生活を送った後、横須賀に移り住み、後半生を過ごしました。66歳で波乱に富んだ人生を閉じた後、その墓は、信楽寺(しんぎょうじ)に建立されました。
信楽寺本堂には、おりょうと龍馬の木像坐像も安置され、おりょうを偲ぶ多くの人たちが墓参に訪れます。
毎年10月には大津観光協会主催で龍子墓前祭ほかの「おりょうさんまつり」が開催されています。

馬門山海軍墓地

馬門山海軍墓地

明治15年(1882)当時の海軍省が、戦死もしくは殉職した 海軍軍人の埋葬地として開設しました。鎮守府の主催で年1回、神式と仏式を交互にした祭典が行われていました。軍艦「河内」や「筑波」等と運命を共にした、海軍軍人 の英霊1592柱が埋葬されています。この墓地は昭和26年に大蔵省から市に譲渡され市民の墓もあります。毎年5月に墓前祭が行われています。秋のお彼岸の頃には美しい彼岸花を見ることができます。

根岸交通公園
走水低砲台跡

走水低砲台跡

旗山崎公園には明治時代に建設された「走水低砲台」の遺構の多くが現存しています。
走水低砲台は明治時代に着工され終戦まで可動状態にあったため、砲座や弾薬庫、兵舎などほとんどの遺構が良好な状態で現在も残されています。戦後立ち入り禁止でしたが、平成28年度から公開された走水低砲台跡は、ガイド付きツアーのみ入れることができる貴重な歴史遺産です。
小高い丘の上にあるため、散策路からは東京湾を一望でき、浦賀航路を行きかう船を眺められる絶好のポイントです。